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ドメインにこだわるべき理由

サイト名は思い出せるのに、ドメイン名が思い出せない。あなたにも、そんな経験はありませんか?

例えば、サイト名と関係のない長い文字列、単語の間にハイフンが入ったもの、奇抜な造語など、覚えにくいドメイン名は世の中に溢れています。私自身、記憶しているドメイン名はほんのわずかです。

これは、とてももったいないことだと思いませんか?

ええ、これは単に「覚えにくい」というレベルの話ではありません。ビジネスや情報発信において、これは最大の機会損失の一つだと私は断言します。

せっかく素晴らしいコンテンツやサービスを用意していても、その入口であるドメイン名が複雑で分かりにくければ、閲覧者は二度と自力でそこへたどり着けないかもしれません。それは、表札のない家や、どこにあるか分からないお店と同じです。本来生まれるはずだった繋がりやビジネスチャンスが、入口が分かりにくいという、たったそれだけの理由で失われていくのです。

ドメイン名は、単なるウェブ上の住所ではありません。
それは、あなたのビジネスやあなた自身の「顔」であり、ブランドそのものを表す看板です。

覚えやすく、信頼できるドメイン名は、それだけで「このサイトはしっかりしている」「ユーザーのことを考えてくれている」という無言のメッセージを発信します。

だからこそ、私はドメイン名にこだわります。

それは、届けたい相手への最初の「わかりやすさ」の約束であり、ウェブサイトの前に置かれた、最初のスロープでもあるからです。一人でも多くの人が、迷うことなくその扉を開けられるように。その想いが、私の仕事のすべての原点となっています。

原点 – なぜ私は「ドメイン」にこだわるのか

私がドメインにこだわるきっかけになったのは、引きこもり時代に遡ります。2000年というとしは、インターネットが普及しつつありました。当然今のような光回線などはなく、ダイヤルアップ接続が主流でした。

スマホなんてものは当然なく、携帯電話ではNTTドコモのiモードが大ヒットしていました。インターネットを使い簡易WEBサイトを表示できるという今では考えられないような時代でした。

私はそのとき過去のトラウマや色々な事情が重なり引きこもり生活を過ごしていましたが、そのときにみたニュースで.comドメインを日本企業が紛争処理機関を利用してドメインを取り戻すというニュースでした。

参考:日本企業が米国で紛争処理機関を利用,COMドメインを続々と取り戻す

PCでインターネットを使っているのにわからないことだらけで驚いたのは今でも覚えています。

そのニュースを見るまで、私にとってドメイン名を気にしたことはなくただの無機質な文字列に過ぎませんでした。ですが、企業が時間と費用をかけてまで一つの「ドメイン名」を取り戻そうと争うこと、企業より先にドメインを取得している人がいた事など知らないことだらけで私は強い衝撃を受けました。「たかがアドレスの一部じゃないのか?」と。

そのニュースをきっかけにドメイン名とは、単なる技術的な記号ではなく、その先にいる誰かの「顔」であり、「看板」であり、そして「資産」でもあるということを知りました。

社会との繋がりを絶ち、部屋の中で息を潜めるように生きていた私にとって、その発見は一筋の光でした。ウェブの世界には、自分だけの「場所」を持つことができる。自分自身の「名前」を掲げることができる。ドメイン名とは、社会から切り離された私ですら、世界と繋がれる可能性を秘めた**「扉」そのもの**に見えたのです。

このニュースをきっかけにし。なぜ、覚えやすいドメイン名には価値があるのか。なぜ、シンプルなドメイン名は信頼されるのか。その問いの答えは、いつも私自身の経験の中にありました。複雑で分かりにくいものは、人を遠ざける「壁」になる。シンプルで分かりやすいものは、人を迎え入れる「スロープ」になる。

ウェブサイトの入口であるドメイン名を、誰にとっても分かりやすく、迷わないものにしたい。

あの日、引きこもっていた部屋で何気なく目にした1つのニュース——。それが、私が再び社会復帰を目指すきっかけとなりました。そしてその原動力になったのは、やはり「ドメイン」の存在です。

私の専門性は、教科書で学んだ知識に基づくものではありません。むしろ、社会と距離を置いていた時期に得た、切実で個人的な経験から生まれたものです。

ポジティブに捉えるなら、引きこもり生活をしていたからこそドメインに出会い、再び社会とつながる希望を見出せた——そうも言えるかもしれません。

ただ、一度は起業して順調に進んでいたにもかかわらず、私は二度目の引きこもりを経験することになります。けれど、その経験もまた、ドメインに対して再認識することになり今の自分にとって決して無駄ではなかったと思っています。